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明応4年(1495年)、小田原城を攻め、大森氏に代わって城主となった北条早雲(当時の名は伊勢宗瑞)は、伊豆から相模、武蔵にかけて大きな勢力を奮うようになりました。
北条早雲は、永正16年(1519年)没したましが、その時の遺言により早雲寺は二代目氏綱が建立しました。 早雲存命中すでにここには小庵があったともいわれています。
早雲寺の創建後には、氏綱以下後北条氏の武将がたびたび参詣(けい)に訪れ、早雲寺の興隆とともに箱根湯本温泉も大いににぎわいました。 天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原攻めの際にはこの早雲寺に本陣が置かれ、石垣山での一夜城の造営が行われました。 小田原を攻め落とすと秀吉は早雲寺に火をかけ焼き払らいましたが、その後、1627年に再興されました。。
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